あまさかる一寸猛進

ぼやける場所が無くなってきたので、こんな所で好き勝手書く事にしました。ごめんなさい。

変わり目

昨日今日は神保町で今年度最初の研修講座。

前回、前々回と体調不良で勿体無かったので、今回は辞めようか〜とも思いましたが、予約してしまった訳です。で、何とか1日目終了で今日は2日目です。

昨日、講師の方々がおっしゃっていましたが、支援教育は大きく変わる時代に入っていると。条約批准から1年。まだまだ変わるみたいです。果たして学校はシフトチェンジできるのかしら?

総合が導入された時に指導書や教科書を求める教員が結構いましたね。世代は代わりましたが、果たして今回は?

知っていても変化の無い人はいますね。やる事が多すぎるっていう理由もよく聞きます。それに関しては多くの方が不満に思う点ではありますが、世の中の方が早く変化するようだと困るんだけどな。

支援教育漬け

昨日今日は支援教育のお勉強でした。

教育は余白が大事、良い表現だなぁ。

子どもの現状のとらえ方で社会の在り方の変容からお話ししていました。分かりやすいし、子ども自体は変わらないという点も納得でした。

私もこの数年は、電卓でいいじゃん、としていましたが、できない事はできなくて良い、ってばっさり言われてタジロギました。聴いて納得でしたが、正直まだ感覚が追いついていない。これは、色々考え直すきっかけになる!

数字と教育

再び40人学級へ、ですか。

人数を少なくしても効果が出なかったから、というのは仕方ないね。現場の実態は数字では伝わっていかないし、そもそもが「お金がない」という前提で進めていくのでしょうから。

それで進めるのであれば、全てをその理屈で回してほしいね。

金がないなら、新しいことをやっちゃだめでしょう。

新しいことをやるなら、その分内容を削らないとだめでしょう。

21世紀に入った頃から、忙しかった現場がより忙しくなったように思います。個別支援の増加、保護者対応の増加、事務仕事の増加・・・食育だ、英語教育だ、キャリア教育だ、IT教育だ・・・などなど、その都度詰め込まれてきたんだね。

金を掛けないなら、内容が劣化するのを許容しないとね。何でもかんでも現場のがんばりに期待するのは卑怯でしょう。何年も前からですが、内容が増えたせいで、児童の生活指導が不十分になってきているようにしか思えない。

だからね、いっそのこと学校でやることを限定すれば良いのだな。

「個別支援は無理」とか「生活指導は家庭で」とか。学校だけで集団指導なんかできない時代だと思いますわ。社会がしっかりしていれば、学校がそんなに負担感を感じなくてすむと思うんですけどね。難しいですね。

養成講座と小田急

6時30分に家を出て、駅へ。15分あれば松屋でカレーが食える!と思ったんだけど、食券出してカレーが出るまで8分。半分食べられませんでした…。

途中からロマンスカーに乗り換えて。一眠り…のハズが、ノロノロ運転しながら遅延の車内アナウンス。

町田で降りて、乗り換えを探しましたが、既に間に合う経路は無し。

前々回が雪で行かれなかったんだよなぁ。何かこの養成講座に関してはツイテいない。

さて、8時50分には復旧したのですが…

相模大野から来るはずの電車は、来ないことになり、その時点で新百合ヶ丘にいた各停本厚木行きを待てとアナウンス。

20分待ったあげく、電車は満員でほとんど乗れず、発車した後もホームに人があふれるようにいました。

20分あれば、相模大野にいた電車で運べるでしょうに!と思っていましたら、近くのグループがお怒りモードそういう会話をしてました。

次に来た急行藤沢行きに乗りましたが、相模大野を前に停車。相模大野止まりに変更のアナウンス。これにも不満が漏れてましたね。事故が起こらなくて何よりですが…

「ご迷惑をおかけしました。」って言ってましたけど、まだ終わってないんですけど…10時前ですが、相模大野から動けません。さぁ、どうしようかな。

支援と配慮

今日は1日講義を聴いていました。

内容が詰まっていて色々勉強になったのですが、印象に残ったことが2つありました。その1つが「支援と配慮は違います」という言葉でした。

配慮という言葉にどの程度の内容を含めるかで、印象も変わりますが、つまりは「ちゃんと支援になっているのか?」ということで、我が事を振り返って考えてしまいました。

そういう眼で見ていくと、支援級でさえ支援と言える場面は少なくなる感じがしてます…が、講師の言っていた事が正しいのは自明の理でしょう。

だって、経験だけに頼って、新しい手立てを採用する人は少ないし、目先の勉強が優先されたり、環境に無頓着な人は多いし…20世紀で止まってしまっている感じがします。特別支援教育ではなくて、特殊教育だね、ある意味。

ゲーム

10年くらい前まで多かった相談内容にゲームの可否がある。

今もあるけど、昔とは大きな違いがある。ひとつには相談件数が減っていること。もうひとつは相談のタイミングだ。今はゲームをやらせることについての相談だが、昔はゲームを買うことについての相談が多かった。

ふたつの違いから、ゲームの浸透具合を推察できるのではなかろうか。また、親の教育力の低下も考えられる。買っちゃったらやりたくなりますよ・・・子どもだもん。大人だって抑制できない人が多いのに。

そういうことを考えながら、「信長の野望」に取り組む日曜の朝であった。

科学の進歩が人間を後退させる心配

科学が進歩することは良いことであると思ってきました。この場合の科学とは、科学技術という言葉で一般的な領域ね。生活を便利にしてくれる技術。

平成ウルトラセブンシリーズというものがありまして、DVDで視聴しました。光線銃にビデオシーバー、月面基地なんかも出てきます。空中停止する飛行機なんかすごいですよね。空想科学に現実が追いつくようにして科学は進歩してきたようです。

携帯がなかった頃、人はもっと実体同士でのコミュニケーションをとっていました。そこには、相手との距離や空気を感じることが必要で、表情を読み取ったり、声の出し方なんてことも考えないといけなかったわけです。