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あまさかる一寸猛進

ぼやける場所が無くなってきたので、こんな所で好き勝手書く事にしました。ごめんなさい。

アニメを読む

研究会の打ち上げで、同僚のMさんと『銀河英雄伝説』談義。マニアック・・・と言うほどではないのですが、周りは誰も会話に入ってこられない。とてもたのしい会話でしたが・・・

 

アニメ談義は久しぶりでしたが、やはり個々にとらえ方が違うんだなぁ。

昔、子どもだった頃

「本と違って漫画やアニメは絵があるから想像力が衰える」

みたいなことを言われました。

そうね。光景って点では、想像しなくても見せてくれるものね。でも想像力は必要だわ。以前、岡田斗司夫さんが

「アニメを読む」

という言い方をしていたのを聞いたことがあります。本で行間を読むがごとく、アニメも漫画も作品のテーマを読み取ったり、作者の意図を読み取ったりするんだよね。

本は文章から個々にイメージして、あれこれ考えるわけですね。漫画は絵の表現が加わる分、情報が多くなります。情報が多いので、解釈の個人差が起きない・・・昔の大人はそう考えたわけです。でも、話の流れや描き方などに注目して解釈が分かれることが多い現実。アニメは動きがわかりやすくなり、音と光が加わっているわけです。情報が多くなる分、色々なところに注目して、独自の解釈をする人が増えていくわけです。漫画もアニメも子どもを置き去りにして突っ走っているように思います。

研究会で講師の方が、物語の冒頭部分を大切に、と言うようなことをおっしゃっていて、それをMさんが「アニメも同じだ」と言っておりました。すごい。視点がつながっている。そういう見方ができるMさんを尊敬してしまいます。

四半世紀前にアニメを使った授業をやったことがありますが、これから先、漫画やアニメを使った読解とかが普通に行われるようになるかしら?

中学の頃

個性を伸ばす時代と言われて随分経ちましたが、個性って何?とかいう所の共通認識はできていないようにも思います。

むかし、制服問題というものがありました。制服廃止ではなくて、変形制服を認めよう、というものだったと記憶しています。その時に個性という言葉がよく使われていました。

服の選択は感性だと考えると、個性なのかなぁと思います。

自発的にそれがカッコいいと思って着ているなら、そうなのでしょう。

でも真似をした段階で違うと思うんです。「こういうもんだ」と慣習化しているのも違うんじゃないかな?既成のモノに流されているのは、個性の現れとは関係無いと思うのですけど。

小さい内から感性を磨くためにブランドモノを身につけさせる、なんて事を言っていた人がいました。

身につけるだけで感性向上するなんて、御目出度い事であります。優越感にひたりたいとか、単に親の趣味とかなんじゃないかしら。

大衆品を自分でコーディネートする方が、よほど感性向上するでしょう。ブランドモノを身につけるのは、良いものに触れるって事になるのだろうけど、それだけでは育たないよなぁ。

個性は服装くらいでなくなるものではないと思うけどなぁ。

天満で研修

17時過ぎに退勤して、新幹線に乗って、やってきました大阪天満。22時過ぎてましたが、とりあえずOKということで。

明日は研修センターで講座があります。焦ってますね。色々と。何か、自分の非力さをすごく感じる毎日ですので、知識だけでも蓄えておかないと、不安が膨らんで仕方がない。最近特に不安を感じやすいから、また10年前を繰り返さないように気をつけないと・・・もう次は無い。

まじめに一日受講しますよ、もちろん。こんな遠くまで来たのだから。

晩ご飯は名物が食べたかったなぁ・・・結局ファミリーマートで買ってきたものをホテルで食べてます。

総合防災訓練

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地域の防災訓練に参加してきました。

消防団の方が丁寧に質問に答えておりました。池の水を浄化して飲む、という体験もしました。薬を使っていないと聞いてびっくり。見た目は当たり前として、匂いも無し。

南海トラフ震源震度6弱の想定でした。自宅から一時避難所まで10分弱。そこから指定避難所まで20分弱。避難しなくても良いくらいの地震でありますように。

新OS

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Windows10に更新する作業であります。データの避難はしてあるのですが、さて、どの様な問題が起きるのでしょうか?

広島の空

さだまさしさんのこの歌がこの日に流れるようになって結構経つかな。

朝のラジオはTBSが私の定番ですが、今日は文化放送を聴いていました。福井謙二さんが広島出身アナウンサーで、感情で声を詰まらせながらの話は説得力がありました。

戦後70年・・・昔、「戦後は終わった」というフレーズがありましたが、言語的には次の戦争が来るまで戦後が続くのでしょう。10年位前、この時期の戦争番組が減少傾向にあったように感じていました。地デジ化以降、家でテレビ番組は視ていませんが、最近は少し増えてきたように聞いています。今年は例の法案のおかげで、戦後という言葉が「節目の年」以上に盛り上がってしまっているように思います。

そう、盛り上がってしまっているように感じるのですけど。それは、雰囲気に流されているのではないでしょうかね?もっと自分でよく調べないと。情報には必ずベクトルがかかっていると言います。都合の良い切り貼り作業は、いまや定番になっているのですから、事実が分かりにくくなっています。

 

そもそも私は政党支持者じゃないけれど、今回の法案騒ぎには、違和感を感じています。だって、自民党はそういう方向を目指す政党でしょう?ちゃんと綱領に書いてあるし。

TVの影響が大きいと私は思うのです。現代は画面から流れてくるモノが、生活・教育・思想の全てに大きく影響するんだなぁ、と今更ながら感じてます。そういうものに流されずによく考えて議員を選ばないからこうなってしまったのでは?それとも、盛り上がっているように見えるのはTVのせいで、意外に反対している人は少なかったりするのでしょうか?

自虐史観なんて言葉もTVで広がったように思うのですが。平和記念公園慰霊碑の「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という文を自虐史観として否定する人がいましたが、ジミーペイジさんが、「原爆犠牲者、被爆者の皆さんの魂が安らかに眠って頂けるということを願う事、それが平和な世の中につながるという事ですよね?」と言ったとの記事を読んで、こっちの解釈のほうが素直に受け止められました。

変わり目

昨日今日は神保町で今年度最初の研修講座。

前回、前々回と体調不良で勿体無かったので、今回は辞めようか〜とも思いましたが、予約してしまった訳です。で、何とか1日目終了で今日は2日目です。

昨日、講師の方々がおっしゃっていましたが、支援教育は大きく変わる時代に入っていると。条約批准から1年。まだまだ変わるみたいです。果たして学校はシフトチェンジできるのかしら?

総合が導入された時に指導書や教科書を求める教員が結構いましたね。世代は代わりましたが、果たして今回は?

知っていても変化の無い人はいますね。やる事が多すぎるっていう理由もよく聞きます。それに関しては多くの方が不満に思う点ではありますが、世の中の方が早く変化するようだと困るんだけどな。